BLOG

謳歌するとは、一体全体どういう状態なのだろうか?
1.声を合わせて歌うことや、歌のこと

2.声をそろえて褒めること

3.恵まれた幸せを楽しみ喜び合うこと。

喜びを声に出す、賛美、満足など・・・色々とあるみたいだけど

どちらが先かは別として、何かしら相手が必要みたいだね。

「声を合わせたり、そろえて褒めたり、幸せを楽しみ喜び合ったり」

ヒトって基本孤独なものだと思うんだけど、相手がいることで合わせたり
そろえたりと色々できるんだよね〜 それを楽しみながらバランスをとって
互いの喜びを感じたりしながら、相手との距離感をたもちながらも、楽しく生きるスタイル。
そう考えると、まぁ〜バランス感覚を養いながら、人間関係の構築もできてとっても良いんじゃないでしょうか。なんてお気楽に考えちゃう僕ですが、楽しい時間を共に過ごし中心を捕らえながらも
少しずつ互いににバランス感覚を養う、押される抵抗を感じながらも受けいれる、受け容れなが
ら抵抗を感じながら押してみる。この絶妙なバランス感覚を身につけるにはそうとう時間も・
自身の努力も必要となるし、コーチ的存在が必要になってくるだろうね。いわゆる信頼・
真静・真実などの段階的な共鳴とでもいいましょうか・・・ヒト×ヒトだけではない
ヒト×地球×月×太陽×銀河・・・などなど細かくも大きくも・ミクロマクロな世で
あるがゆえの何とも言えない摩訶不思議な世界観の中で生きている私達なのね。


あるがままとは、大自然や宇宙と調和が取れた状態のこととも言える。
だから、自分中心やワガママといってもなんら問題ない。
だって調和が取れているのだから、OKです。
あるがままに・・・
超すてきです

アイムコーチング

あるがままに

モノには重さがある。

どんなモノにでも重さがあり、私たちはその中で生きている。

私たちの身体にも重さがあるが、あまりに当たり前過ぎて改めて考えることもなかっただろう。

しかし、あなたのその姿勢、歩き方、動作・・・、それは重さに逆らったものだろうか、それとも重さと共にあるものだろうか?

もし重さに逆らっているなら、なんて効率が悪いだろうか。

重さが味方になる在り方とはどんなものだろうか?

重さは常に地球の中心へと向かっている。重さは常に働いている。

そして、私たちが地球に立っているなら、抗力が発生する。

抗力とは重力に対して拮抗している力だ。重力を反射している。

重力が味方になるには、この抗力を知る必要がある。

私たちは抗力の存在を無視していることが多い。だから重力の意味も分からない。

抗力が分かるようになると、重力を味方につけ、楽な動作(生き方)に変わる。

私たち(人間)ができることはほんの少しだ。人間が重力を発生させているわけでもない。

重力は宇宙、自然の法則に従って、生まれ、そして消えていく。

人間ができることは、その力を少し借りることだ。

抗力というのは自分が重さの力を少し分けてもらったということだ。

だから、抗力は宇宙、自然からの贈り物だ。

その抗力が上手く身体を貫き、体のために使うことができるなら、体は健康になる。そして楽に生きられる。

不要な力を入れることもなく、自分に起こること(問題なども)を解消することができる。

解消するのは、宇宙、自然だ。人間は不要な力を抜き、味わうことだ。

人間の道は、宇宙、自然の道に通じている。人間は宇宙、自然の中に生まれたのだから当たり前だ。

だから、重さは人間の味方になる。

今の生き方は重さ(人生に起こる出来事)に抵抗しているのか、それとも波に乗るように重さを味方につけて生きているだろうか。

あるがままに生きるとは、宇宙、自然の理の中で、それと共に楽々と生きることだ。






https://aimcoaching.amebaownd.com/posts/6585067
人の生きる道とは・・・

アイムコーチング

静の極み

人間の歴史は常に問題が生まれ、それを解決するという流れだ。

もちろんそれによって新しい知識や発見が生まれ、物事に対して深い洞察が可能になった。

しかし、それは人間の幸福にどれだけ役に立っているのか?

貨幣経済システム、医療、教育、産業・・・、いろいろなものが細分化され、専門家がこれが正しいことだと主張する。

しかし、正しいことを知ったからと言って、幸せなわけではない。

むしろ正しさが次の苦しみを生み出すことさえある。

~を知らなければ、~を獲得しなければ幸せではない、という問題解決に洗脳されていると、終わらない解決ごっこを死ぬまですることになる。

例えば、敵が向こうからやってきて、それを問題解決だと言って、倒すなら、一時的に解決したように見える。

しかし、その敵は次に新しい敵を引き連れてくるかもしれない。問題解決ゲームは、問題を解決すると新しい問題を作り出すというシンプルなゲームの仕組みだ。

だからこのゲームを終わらす方法は、解決することではないのだ。

ではどうしたらよいのか?永遠に終わらないゲームに参加し続けるのが人間の運命なのか?

そうではない。

問題解決とは静動で言うと、「動」だ。常に動き回るという陽(陰陽論)の力だ。

もし問題解決をし続けるなら、常に動しかないため、動が極まるまで動き続けることになる。動が極まると静になる。それは死だ。

これは簡単な陰陽の法則だ。

ゲームから出るには、そのゲームを終わらせるしかない。しかし、実際に肉体の死が必要なわけではない。

それは問題解決を止める(静)ということだ。

問題だと認識する自分をただ見つめるのだ。感情も思考も自分の人格さえも見つめるのだ。

見つめているものは何か?それが「静」となっているものだ。

問題に陽を見つけ、止まってそれを見つめているものに静を見つけたら、陰陽がバランスする。つまり、陰でも陽でもないところが見つかるのだ。そこがゲームの出口だ。

問題解決ゲームは終わらせることができる。しかし、それは何もしない(静)ことだ。そして、受け入れることだ。(受け入れようとする行為も「動」なので、そうではない。何もしないこと(ただ見つめること)が「静」なのだ)

これはとてつもなく難しいことだ。自我は常に動き回りたいし、思考したいし、解決しようとする。それは肉体を持っている以上自然なことだ。

しかし、上記で見たようにそれをやっている以上ゲームは続く。

人間の幸福とは何か?

そのようなものがあるなら、それはゲームの外だ。問題解決は一時的な幸福感を与えてくれる。しかし、一瞬で終わる。

本当に価値のあるものは時間や空間を超える。

ただただ見つめることをしていると、「静」と「動」がバランスしてくる。すると、自分の中の問題解決ゲームが終わる。

自分の中に時間や空間を超えた何かがある。それが見つかるのだ。

それこそ本当に価値あるものではないだろうか?

「静」が極まると自然と「動」が生み出される。この時、問題が解消していく。問題に乗っかって解決するのではない解消の仕方だ。

本当の幸福はここにある。






https://aimcoaching.amebaownd.com/posts/6554445


いやぁ〜素晴らしい出来事ですよ!
台湾の兄がね、ローマ法王との謁見にいってきて、握手してきたみたいで。
自分の事のように嬉しい気持ちでいっぱいです!本当に良かったね!
つい先日は、タイで仏教活動の表彰をして頂いて、続けてはローマ法王。

なんとも、今までの功績が積み重なって素敵出来事が続いていますね!
お忙しいだろうけど、また会える日を楽しみにしているよ!大慧師父兄!

今後のご活躍も楽しみにしております。
一緒に世の中を美しい和の平の地へと創造していきましょう!
とにかく、おめでとうございます。

<(_ _)> Nao±

最近海岸に行くとついやってしまう石積み。
絶妙なバランス感覚と集中力と解放感とともに、ただただ時間を忘れて意志を積み上げる。

明くる日にまた行ったんだけど・・・ まだそのまま立っていた!(笑)いや(感動)かなっw

うみぃ〜はひろい〜なぁ〜おおきぃ〜なぁ〜
つきは〜のぼるぅ〜しぃぃ〜ひはしずむぅ〜

Nao±

中心軸を感じながら、いかに力を抜くかは本当に難しんです。
肩に力を入れずに、腕を上げるなんて・・・ましてや、力まずにストレッチなんて
ヒトは本来、力む必要などないのかもしれませんね。
自然な水の流に身を任せるだけ

アイムコーチング

脱力

本当の脱力には芯が必要だ。

体から力を抜くとき、単に表面的な筋肉を緩めるだけでは本当の緩みにはならない。

力を抜いているようで無意識に力が入っているところがあったりする。

そんなところは押してみるといい。

こそばゆい感じがしたり、痛みがあったりする。

筋肉は本来ふかふかだから、緩んでいるなら押しても痛くない。

固くなって硬直した筋肉は癒着をしている。

癒着をしているところを剥がしていくと、芯が現れてくる。

筋肉に対する骨だったりするが、芯ができてくると不要な力を入れなくて済むようになる。

不要な力を入れなくて済むので、外の情報を受け取りやすくなる。

不要な力が入っていると、それがノイズのように情報をかく乱してしまう。だから普段の生活でも不要な力みが入っていると、ノイズだらけで頭が混乱してしまい、本当に必要な情報をキャッチできないでいる。

力の抜き方が分かってくると、自分の中の芯が立ち上がってくる。筋肉の力ではない力(見えない力)が自分を支えていることが分かる。

地球や宇宙といったものが自分の身近に感じるようになる。

脱力するとは、腑抜けになることではなく、自分を支えている大きな力の存在に気づき、それを活用することなのだ。

立ったり、歩いたり、座ったりする、日常の動作にこそこの芯が必要で、ちょっとした所作に芯が通るかどうかで見えない力がそれに宿るかが決まる。

地球と、宇宙とコラボレーションして生きるには、まずは脱力することが必要なのだ。



https://aimcoaching.amebaownd.com/posts/6225173


マジ変化の多い「今」において必要とされる地頭の良さとは、生まれもってIQが高いとか、幼少の教育によるようなものでなく、「常日頃から物事を新鮮な目で捉え、考え続けられる能力」であると思います。そこで、これまでNao±が「このヒトは地頭がいいな」と感じたヒトたちの思考や癖をもとに、どんなヒトでも後天的に身に付けることができる地頭の鍛え方について考えたいと思います。

そもそも、地頭がいい人の思考癖ってどんなもんなんだろうか。簡単に言うと、「ある2つの物事に対して、抽象度を上げ下げしながら、共通点を見出す」というような思考パターンなんです。例えば、スポーツの〇〇ファンと〇〇ファンは仲が悪いんだけど・・・一つ抽象度を上げると、どちらも熱狂的な〇〇ファンであると言えます。 さらに抽象度を上げていくと、両者を熱狂的なスポーツ好きと見ることもできますが、そこまで上げるとなんだか実感のないものになってしまいがち。とにかく、物事の抽象度を適切に上げ下げし、捉え直すことで、一見相反する者同士の間に共通点を見つけることができるのです。つまり〇〇ファンと〇〇ファンは、「熱狂的な〇〇ファン」野球でもサッカーでもどんなことでも、共通点を見いだすことで、実は熱い同志にもなれちゃうんです。 このように、問題の抽象度を上げ下げしながら考えられるようになると、生活の中や仕事における課題解決の糸口を見つけられるようにもなるんです。 ちょっと苦手な相手と自分との共通点を考える時、大事なのは物事の抽象度を上げ下げする思考行動を、日頃から練習することです。  特におすすめな方法は、一見自分とは超!関わりのなさそうな人と、どんな共通点を見いだして仲良くなれるかを考えることです。そうなんです!つまり、相手と自分の間で抽象度を上げ下げしつつ、仲良くなれるポイントを探しちゃうんです。そして、その対象となる相手が、できれば自分が自己嫌悪を持ってしまうような、ちょっと苦手な相手だと超いい練習になるんですよ。 例えば、最近はツイッターで歌手やアイドルのファンコミュニティが可視化されるようになったことで、熱狂するファンたちに対して、「信者みたいで怖い」などと水を差す人もいますが!!しかし、観点を変えてとらえると、歌の歌詞には、実社会で起きてる事、学校のクラスや会社での同調圧力の中で揉まれているマイノリティの人たち、普段は見えていない部分に光を当てるなどの役割があったりします。そう!ファンはそれによって救われている人たちだ、という観点から捉え直すと・・・実は自分と同じ痛みを抱えているのかもしれない、と想像することができます。 そうなんです!このように抽象度を上げ下げしていけば、自分と〇〇ファンの間には、「マイノリティである痛みを抱えている」という共通点を見いだす事が出来るのです。すると、自己とは違う種族に対し、「キモイ、嫌だ、認めない」という嫌悪感が減っていき、むしろ自分との共通点を発見すると、「お互い頑張ろう!辛いこともあるよね」と、仲間になれちゃうんです。 あと、それから地頭がいい人は「フットワークが超軽い」のよねぇ〜。あ!それから、 一つ言い忘れていたのですが、地頭が良い人たちのもう一つの共通する部分は、物事に対する先入観が本当にないですね。なぜなら、常に抽象度を上げ下げしながら物事を捉えられるので、「ちょっと変わった相手でも自分の仲間」だと普通に思えちゃうんですよ。だから新しい場所にもすっと飛び込めるし、溶け込んでいるし、本当にフットワークが軽いんです。  簡単に言うと・・・地頭の良さは、物事等を、複数の観点から考え続けられる習慣です。こういった循環がが自走し続けると、先天的なものと定義されがちな地頭の良さを、どんな人でも、後天的に作ることができるようになる為に練習あるのみ。
世の中の出来事をいろんな観点から見ると、どんな情報でも自分にとって、とても参考になることに気づくはずです。  生活のなかで、面倒臭いと思う人と、楽しいと思える人の違いはなんでしょうか。前者にとっては「忙しい時間を使って〇〇しなければならない場」でしかありませんが、後者にとっては、「今しか出来ない貴重なインプットの場」になります。後者のようになれれば、どんな時代でも、恐怖せずに快い空間を自らの力で作りながら生きる力が身についていくのです。
これって、出来るといいと思いません?

Nao±より 愛を込めて

庭の真竹の仲間の金明竹に花が咲いている‼️
種類によるらしいのですが、100〜120年に一度なら珍しいタイミングでありまする。花は食べられるみたいで、栄養価が高いらしく、実際〜味はあまりなかったです。
だけど食べるばかりじゃなく、花実が種になるのを見てみたいし、またそれを植えてみたいんです。

一斉に咲き一斉に枯れる。

カッコイイ(^O^) 素晴らしいよね! 素敵

そんな潔い生き方!本当に最高!
生まれ変わる、新しい時代の始まり、再生、ゼロリセット、以心伝心、種子、芽吹き、生命。

地球外植物「竹」正に神秘であり謎多き生命。
次の時代は、どんな素晴らしいハプニングがあるのか、愉快な旅がはじまるね!

🌗お月様万歳🙌  
🌏地球様万歳🙌  
🌞太陽様万歳🙌

新しい流れが、皆んなを誘うよう願います。

先日より来日されている高さん。
明日には、もう帰国!早いですね。
また、遊びも兼ねて修身しにいらして下さい。
楽しみにお待ちしております。
感謝您 
三隅 海藏山 龍雲寺の方丈さんと一緒にパシャ
大好きなみっちゃんとの再会もだか、嬉しいお知らせも伺い、さらにサプライズ! このなんとも言えない深きご縁に感謝感恩の気持ちでいっぱいです。
新たな冒険の旅が始まる予感がします。
そして、心より御祝い申し上げます(*≧∀≦*)